読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

えびすい@スマホアプリ開発のALPHAです。

アプリ開発会社をしてます。アプリ制作+メディア運営で喰っていきたいと思いつつ関係有る事無い事を書いていきます。

早稲田大卒の人たちも殆ど知らない西早稲田の甘泉園とは

f:id:ebyan:20170505194553j:plain

お世話になります。えびすい@ALPHAです。

甘泉園ってご存じですか?

最近、この甘泉園界隈をうろつく用事が増えたので、甘泉園に足を運ぶ機会が増えました。

甘泉園はこじんまりとしていて、落ち着いた庭園でとても居心地がいい場所です。

ちょうど早稲田大学の図書館裏手の道を挟んだところにあるのですが、早稲田大学卒の人たちに聞いてみたら案外知らない人が多かったので、紹介しようと思いました。

甘泉園とはなんぞや、という問いには、甘泉園正門の前にある案内板の文章を引用しておきます。

甘泉園案内

甘泉園という名は、園内にわき水があり、清冽で常時涸れず、また、茶に適したところから起こったものであり、その由来を書き記した石碑が、園の南東に当たる水稲荷神社の社務所脇に現存している。
この地は、江戸中期の安永三年(1774年)徳川御三卿の一つ、清水家の下屋敷がおかれたところである。明治三十年ごろ、相馬家の所有となったが、昭和十三年早稲田大学に移譲された。
戦後、都はこの地を買収し、改修の手を加えて、昭和四十四年、区へ移管した。
庭園は、神田川右岸を東西に走る台地の北面の傾斜地とその低地にあって、段丘の高低差を利用し、泉の水を引いた池を廻遊する林泉になっている。
池傍より見上げる雄大な常緑樹林に囲まれ、春のツツジ秋の紅葉が水面に写り、見事な景観を作り出している。
「日本の歴史公園100選」にも選定された。

補足説明しておきます。

徳川御三卿って、初めて目にする人もいるかも知れないですね。 徳川御三家ではなく、御三卿(ごさんきょう)です。江戸時代中期に徳川氏の一族から分立した大名家で、田安徳川家(田安家)、一橋徳川家(一橋家)、清水徳川家(清水家)だそうです。

御三卿 - Wikipedia

この清水家が下屋敷にしていた甘泉園がある場所へ維新後に越してきて、その後、相馬家の所有とあります。

相馬家ってさらっと書いてありますが、調べていくといろいろエピソードに事欠かない家柄ですね。 この相馬家、鎌倉時代初期から続く家柄、そして近代から現代に入っても興味深い出来事が散見されます。 「相馬事件」という事件があったようですし、福島県相馬市の相馬、相馬馬追の相馬です。 第33代当主・相馬和胤の妻・雪子は麻生太郎の妹、和胤は競走馬スーパークリークの生産者でもあるようです。

相馬氏 - Wikipedia

敷地のレイアウト

f:id:ebyan:20170505195442j:plain

西側(下の写真だと手前)にテニスコートと児童公園があります。これらを甘泉園公園と呼んでいるようです。
奥の木々がうっそうとした場所が甘泉園です。
左端には早稲田大学図書館の時計塔が見えます。

f:id:ebyan:20170505194153j:plain

こちらは、風情のある公園側の門です。

f:id:ebyan:20170505195443j:plain

4月29日の風景

丁度、土曜日、祝日でした。

天気がよかったので近所の家族連れらしいグループが何組か来ていて、池の端で遊んでいました。

f:id:ebyan:20170505194151j:plain

池に近づいてみると、オタマジャクシがたくさん。

f:id:ebyan:20170505194150j:plain

早稲田大学が近いのに、学生はあまり来ないようです。 この季節、授業をサボって読書するのにいい場所だと思いますが。

f:id:ebyan:20170505194554j:plain

機会があったら、寄ってみてください。 最寄りの交通機関は、都電の早稲田駅か面影橋、都バスだと甘泉園公園前バス停です。 上69、早77、池86、飯64系統が通ります。

以上。