えびすい@スマホアプリ開発のALPHAです。

アプリ開発会社をしてます。アプリ制作+メディア運営で喰っていきたいと思いつつ関係有る事無い事を書いていきます。

奈良に大規模空襲がなかったのは文化財の宝庫だからという訳ではない


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お世話になります。えびすい@ALPHAです。

今年の初詣は奈良県桜井市にある安倍文殊院にいった。
文殊菩薩が祀ってあり、学業成就、合格祈願で多くの方が訪れる寺院として、また、陰陽師・安倍晴明が陰陽道の修行をしたといわれている寺院として有名である。

「ウォーナー伝説」とは

そこで目にしたのがこの説明板、「ウォーナー博士報恩供養塔について」。

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一部引用。

ウォーナー博士は、(略)アメリカの政府と軍の上層部に辛抱強く奈良と京都を初めとする古都の文化的価値の説得に成功されたおかげで、アメリカ軍の日本本土空襲の時にも空爆リストから外されました。(略)当山住職はこの美徳を讃えたいとの思いから場所の提供をはじめてとして毎年六月九日にウォーナー博士の命日に報恩感謝の供養を厳修することとし、爾来桜井仏教会主催によって六月九日の博士の命日に法要が行われています。

ウォーナー博士云々までは知らなくても、京都、奈良は古都であり文化財の宝庫であるから、第二次世界大戦時アメリカ軍の大規模空襲を免れた、と思っている人は一定数いると思われる。

こういう説明板があると、何の予備知識もない人は信じるだろう。

設置されているのが学業成就にご利益がある「安倍の文殊さん」なのだし。

ぼくもなんとなくそうなんだと思っていた。

そして、久々に(小学生の時以来であろうか)初詣で安倍文殊院にお参りした際、この説明板で「ラングドン・ウォーナー」という名前と、「文化財を救った」とされる彼の報恩供養塔が境内にあるのかを知ったのだった。

そんな具体的なストーリーが身近にあったんだ、とあらためて調べてみて、それが真実でないことを知ったのだった。

「日本の古都はなぜ空襲を免れたか」

ググっていくうちに最終的に行き当たったのはこの本。

京都に原爆を投下せよ―ウォーナー伝説の真実

京都に原爆を投下せよ―ウォーナー伝説の真実

余談なのだが、はじめに出版されたのがこの本。
すでに絶版で、手に入れるには中古本しかない。

これを改題し、文庫として出版されたのがこれ。
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こちらも絶版。
ぼくはこれを手に入れた。
買った時は千円前後のものがあったのに、今日見ると7,749円よりとある。

日本の古都はなぜ空襲を免れたか (朝日文庫)

日本の古都はなぜ空襲を免れたか (朝日文庫)

幸いなことに、昨年にKindle版とオンデマンド版がパンダ・パブリッシングというところから出版されたようだ。

原爆は京都に落ちるはずだった

原爆は京都に落ちるはずだった

これらは、題名や版元、版形が変更されているだけで、内容はほぼ同じ書物だ。

京都と原爆を題名に持ってきているが、中身は公開された米軍の史料を元にした「ウォーナー伝説」の真偽の検証、空爆、原爆投下目標がどのような経緯で設定されたのか、を追っている歴史学者の著作だ。

ウォーナー伝説の真実とは

詳細な経緯は上記の書籍を読んでもらうとして、簡単に説明するとこうだ。

  • アメリカ政府は第二次世界大戦中、ロバーツ委員会を結成した。
  • ロバーツ委員会の目的は、連合軍が占領している地域で、文化的価値ある物が保護されるようにすることである。(注:「占領している地域」であり「攻撃している地域」ではない)
  • 休戦時、枢軸国により略奪、破壊、紛失された資産を弁償させるため、委員会は文化財リストを作成する。
  • ロバーツ委員会の委員であったウォーナー博士は、日本の文化財リストを作成した。

これとは別に、戦前からウォーナー博士と交流があった美術評論家の矢代幸雄氏が、京都・奈良に大規模空襲がなかったこと、ウォーナー博士が日本の文化財リストを作成したことを結びつけて、ウォーナー博士の働きかけがあったと理解し、朝日新聞に持ち込み、1945年11月11日に談話記事として報じられたのである。

矢代幸雄氏はGHQに事実確認をしたのだが、確認した先が民間情報教育局(CIE)というところで、終戦後の日本人の「頭の切替え」、「再教育」を担う機関であった。
CIEの将官の中にはウォーナー博士と同じくロバーツ委員会で活動した人物も含まれており、当然委員会の職務や文化財リスト作成の真の目的を知っていたのだが、アメリカによる占領時の「宣撫工作」の一環として矢代幸雄氏が夢想した物語にお墨付きを与えたというのが真相のようだ。

こうして、ウォーナー博士を礼賛しアメリカ軍もいいとこあるやんという誤解、「ウォーナー伝説」が産まれたのだ。

そして結果として、京都、奈良、鎌倉になぜ大規模空襲がなかったか、について。

京都は、原子爆弾投下目標になっており、原子爆弾の威力を調査するため、事前の空襲による破壊は避けられていたのだ。
日本が降伏していなければ、早ければ、そして天候が良ければ8月17日、18日にも原子爆弾が投下されていたということ。
8月14日には、そのためのリハーサルが行われていたのだ。

また、奈良・鎌倉は空爆リストに入っており、そのまま戦争が続いていればいずれは爆撃されていたということ。

米軍は都市爆撃の目標として、日本の180都市をリスト・アップしていた。これらの都市は、1940年(昭和15年)時点の人口の多い順に、(1)東京(678万人)から(180)熱海(2.4万人)までならべられていた。人口5.7万人の奈良は(80)番目に、4万人の鎌倉は(124)番目に位置づけられている。そして、なんら除外の対象になっていない。つまり、奈良も鎌倉もともに米軍の都市爆撃の目標に設定されていたのである。
「日本の古都はなぜ空襲を免れたか」 P.137-138より

そして、奈良、鎌倉同様ウォーナー博士の記念碑がある会津若松はこの空爆リストの110番目に入っているのだが、さらに以下の理由で爆撃されなかったのである。

会津若松はレーダーが働きにくい地形であったため、レーダーを必要とするような夜間の爆撃、例えばジェノサイド爆撃を免除されていたのである。
「日本の古都はなぜ空襲を免れたか」 P.144より

最後に

吉田守男氏が米軍史料などを紐解き、書き表した「日本の古都はなぜ空襲を免れたか」は、その後この説に対する反証もでていない。
ほぼ、事実と理解して問題ないと思われる。

安倍文殊院さんにおいては、ウォーナー博士を供養するのはご自由にどうぞなのだが、誤解を招く説明板の訂正をしてはどうだろうか。
これを初めて見た人は、殆どがこの説明を事実として認識するだろう。

安倍文殊院が公式年間行事として毎年法要しているという事実も重い。

年間行事 | 安倍文殊院

会津若松・勝常寺にしても、福島民友新聞さん、報道機関としてこの記述はいかがなものか。

境内には、この貴重な文化遺産の価値を理解し、太平洋戦争中に米軍の爆撃から守ったウォーナー博士と、土井晩翠の記念碑も建立されている。
みんゆうNet − こころに残す ふくしまの風景

鎌倉も…。
このクイズ、解なしが正解だよ。

machiori.jp

そして、朝日新聞さん。
戦後70年経った今でも信じられている壮大な誤解の発端は、1945年11月11日のこの記事だったのですよ。

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以上。